誰のためのデザイン?(D.A.ノーマン)を読んでみた

2018/07/02 18:52 Unknown 0 Comments

大変ご無沙汰しています!!Kaori改めKTです。
久しぶりの投稿でTableauのTipsじゃないのかい!!って感じなのですが今日はイギリスのTableau テクノロジーエヴァンジェリストでThe Big Book of Dashboardsを書いたAndy Cotgreaveがおすすめしてくれた"The Design of Everyday Things"という本がありまして、「誰のためのデザイン?」という邦訳版があるので読んでみたKey Take Awayと感想を書き綴りたいと思います。
この本はハードカバー452ページという、なかなかに読み応えのある本なのですが、読み終わったときにTableauを使う上での考え方はもちろん、日常生活の考え方まで、ごっそり変わった大変素晴らしい本でしたので、備忘録と自分の理解を深める意味も込めてまとめを残しておこうと思います。

今回紹介する本はこちらです。

(邦訳)
誰のためのデザイン? 増補・改訂版 ―認知科学者のデザイン原論   D. A. ノーマン

(原作)
The Design of Everyday Things: Revised and Expanded Edition   Don Norman


全7章の構成になっていて、ざっくり1章ずつ書いていきたいと思います。



第1章 毎日使う道具の精神病理学

目の前にあるものの使い方がわからなかったり、誤った操作をしてしまうということはよくあると思いますが、そういったものすべてはデザインが悪いのであり、使い方がわからない人間のせいではない、という極限まで人間中心を貫いたデザインを考えよという章です。
美しいデザイン≠良いデザイン
美しいデザインが必ずしもいいデザインとは限らない。良いデザインとは、説明しなくても理解できるような発見可能性と理解から成り立っています。
もちろん、何も説明されなくても理解できるデザインでありながら見た目にも美しいデザインというものは理想ですが、あまりにも美しさ「のみ」を追求するあまり、つなぎ目を消してしまって出口がわからなくなるドアの例なんかも挙げられています。
そこにインタラクションできるという気付きをデザインから与えてあげることが良いデザインにとっては非常に重要です。
そういったわかりやすいデザインを大前提としながら、美しくも見えるデザインを考えていきたいものですね。
でもわかりやすいデザインって、余計な説明がなくてもわかるデザインなので、結果的にごちゃごちゃしなくて美しかったりもしますね。


第2章 日常場面における行為の心理学

では良いデザインを考えるためになにを理解すればいいか?ということで、人間中心デザインなのだから人間のことを理解しましょうという章です。
人間が物事をどのように行い、どのように認知を行うかということで自分のやりたいこと(ゴール)と外界の間を七段階理論に分け、考える方法を解説します。
また、人間の認知の方法を三つの処理レベル「本能的」「行動的」「内省的」に分け、行為の七段階理論と結びつけます。
この三つの処理レベルは以下のようになものです。
「本能レベル」
無意識に認識される最も原始的な反応。良いか悪いか、安全か危険か、基本的にすべての人が同じように考えるような直感的な反応。この本能レベルで嫌われると使ってもらえなくなるので、まずデザインする人はこの本能レベルをクリアすることを考えなくてはなりません。どんなに便利なものも、使ってもらわなければ意味がないので。
「行動レベル」
これは学習されたスキルの原点です。話したり、動いたり、実際に行動を起こすレベルのこと。自分の意志で動いているように見えますが、行動レベルは実は潜在意識的。
なにかをしようと思った時、やっている行為そのものは意識していない(たとえば、言葉は発するまで何を言おうと思っていたかはっきりとわかっていたわけではなかったり、手を動かすとき右手を動かしたいと思っているだけでどの筋肉をどう動かすなどと認識しているわけではないこと)ですよね。
「内省レベル」
これは意識的な認知の原点です。本能や行動レベルは分析を伴わないため即座に反応する迅速なものですが、内省レベルは深くゆっくりとしていて、たいていの場合あとからゆっくり起こるものです。私たちは内省的なレベルでの意識処理には気づくことができます。

認知は意識的なものでしかないとイメージしてしまいそうですが、上記の通りそんなことはありません。むしろ潜在意識的なものの方が多いです。
そして認知は情動と切り離して考えられがちですが、これら三つの処理レベルはすべて連動して動き、楽しい苦しいという情動が認知に影響を与えたり、認知した結果が嬉しいつまらないなどといった情動をもたらすので、切り離して考えることはできません。したがって、すべてに対してデザインは考えなければなりません。
冒頭で話したTableauのエヴァンジェリスト、Andyは本能レベルと行動レベルに向けてビジュアルベストプラクティスを通してデザインする方法を語りました。
本能レベルと行動レベルの方が、比較的すべての人に対して共通した考えでデザインすることができるからですね。
もちろん、実際のダッシュボードデザインにおいては相手にもたらす内省レベルのインパクトについても十分考えなければならないでしょう。これは「使い手は誰か」という考え方がまさにそれで、渡した相手がどういう理解をして意識していくのか考えて、自分の伝えたいことと相手の理解がなるべく一致するようなデザインにしていくべきですね。そこにはもちろん、本能と行動が深くかかわっていて、ビジュアルベストプラクティスで上手に制御されたデザインが内省的な意識、理解を導くのではないかなと考えています。

それから、この章にはもう一つおもしろい節があって、「語り手としての人間」という節です。人間は元来物事を原因を探し、「説明」や「物語」を作り上げるようにできています。だからこそ「物語」は人の理解をスムーズにすることができるんですね。Tableauがストーリーテリングを重視するのと繋がります。


第3章 頭の中の知識と外界にある知識

私たちはすべてのことを記憶しているわけではないのに様々なことを日々判断して生活することができますよね。知識には自分自身の記憶と外界の知識(自然な対応づけや制約)があり、私たちは外界の知識と自身の記憶を結びつけて判断するためにそういったことができる、という章です。
外界の知識というのはなんだか難しい言葉ですが、たとえば忘れないようにメモを書いて机の目立つところに貼っておくとか、会議の予定が決まったらカレンダーアプリで時間と場所と概要を登録するとかいったことです。人間はずっと昔から全部を記憶していたわけではなく、生きるために必要な様々な情報を外に置いておき、必要に応じて使ってきました。
なぜそういうことをしてきたかというと、すべてを記憶するには世界の情報はあまりにも膨大だからですね。
記憶には短期記憶と長期記憶があり、短期記憶はすぐ引き出せるし回転も速くて便利なのですが、覚えておける量も少なくインタラプションに弱いので、話しかけられたりすると途切れて忘れてしまうことがあります。2階に忘れ物をして取りに戻ったのに2階の部屋に入ると何を忘れたのか忘れる私ですが、これは階段を上るっていう行動のインタラプションのせいだなということがわかりました(笑)
長期記憶は長い期間、量の多い情報を記憶しておくことができますが、すべてを正確に覚えているわけではなく、思い出すたびに断片が再構成されます。記憶がどのように解釈されたか次第で、その記憶を引き出すのに時間がかかったり、できなかったりします。
この短期記憶と長期記憶が頭の中の知識であり、これと外界の知識をうまく掛け合わせながら人間は効率よく生きています。この知識のそれぞれの特徴を把握し、いいところを使えるデザインにすることでより使いやすいデザインになっていくわけですね。
言葉で発する、字を書く、絵を描く、これらすべて外にアウトプットすることが外界の知識であり、なぜアウトプットすることで理解がたやすくなるのかわかると思います。
Tableauを使う話に置き換えると、ドラッグアンドドロップした瞬間にデータに基づいたなにかが表示される、あれは外界の知識ですね。すでに表示されているものを解釈するのは自分の頭の中で全部考えるより簡単です。
頭の中の知識に全部頼ろうとすることは得策ではありません。使えるものは使う、外界の知識を簡単に作ることができて、簡単に利用することができるのなら、使えばいいのです。


第4章 何をするかを知る ― 制約、発見可能性、フィードバック

目の前にあるものをどう使うのか、どうやって解釈するのかについての章です。
制約とは大きさが同じの丸い穴と四角い棒と丸い棒があったら、丸い棒を穴に刺すでしょう。四角い棒が丸い穴に入らないのがわかるからです。このようにデザイン的に制約をつけておくことで人の行動を促すことができます。
発見可能性とはそのようにするもの、という指示が見つけられるかどうかということ。先ほどの例が微妙にサイズの違う丸い棒二つだったらどうでしょうか? おそらく二本とも刺してみて、より穴にぴったりな方を選ぶことになるでしょう。もっとわかりやすくするためになにか工夫しなければならないです(例えば、穴と棒に同じ名前を付けておくとか)
フィードバックはなにかアクションをしたとき、反応が返ってくるか、自分の操作が正しかったのかどうかわかるように、反応を返すことです。エレベーターのボタンを押して、光らないと何度も連打してしまう。フィードバックがないので、自分の操作が伝わっていないのではないかと思ってしまうからです。
制約ですべてを伝えきれればよいですが個々人の慣習などによってその制約は解釈が変わる可能性があります。なるべくターゲットにしている使い手が発見可能なデザインであり、触った後に反応する(フィードバックを返す)ことが重要です。
Tableauのダッシュボードだと、もしパフォーマンスが悪くてフィルターをいじってもいつまでも動かなかったら動いているのか心配になりますよね。
なるべく触ったらすぐフィードバックを返せるようなデザインを心がけておくことが大切です。


第5章 ヒューマンエラー? いや、デザインが悪い
第6章 デザイン思考

この2章はとても面白い章なのですが、Tableauの使い方の観点ではあまり関係なかったので割愛します。なにかが起こった時、それが起こったのは人のせいではなく、改善するためにとれるアクションをデザインで解決しようというアプローチや、デザイン思考とはなにかということが書かれているので興味がある方はぜひ本を読んでみてくださいね。


第7章 ビジネス世界におけるデザイン

ここまで、理想のデザインとは何かについて書かれてきましたが、商品としての製品を作るときのデザインの制限(最高のデザインをいろんな枷があって作ることができないとき。時間的なものや量産の問題、競争圧力など)が実世界にはあるよ、というビジネスにおいてのデザインについて書かれています。
主に新製品を開発する観点からの解説ですが、Tableauというひとつの製品を取り扱う私にとってもすごく参考になりました。
ひとつは急進的なイノベーションと斬新的なイノベーションの話。既存のものから進化してゆっくりとした変化をしていく斬新的なイノベーション。これは今ある人の生活を良くし、イメージが付きやすいの受け入れられやすいです。
急進的イノベーションは今までなかったものを出し、人の生活を劇的に変化させるものです。受け入れられる可能性は斬新的イノベーションよりはるかに低く、消えてしまうものもありますが、受け入れられれば、人々の生活をパラダイムシフトさせることができます。
Tableauが斬新的か、急進的イノベーションか、判断はみなさんにお任せしますが、どちらの変化も人には必要です。

それから、チェスで強い人間や強いコンピュータではなく、コンピュータをうまく使いこなす人間が勝てるという節も印象的です。まさにAIや機械学習、様々なオートメーションが台頭してくる中、どちらか一方が最高レベルというより、これらのテクノロジーをどれだけ有効に活用できるかがその人の能力を決めることになり、その人やコンピュータ自身は単体で最強である必要はなく、「テクノロジーの有効活用」つまり「外界の知識をどれだけ有効に使えるか」ということそのものが強い力として今後台頭してくることになるということですね。
まさにTableauを使いこなすみなさんが、日々世界を変えていることそのものだなと思いました。


かなり長くなってしまいましたが、じっくり読んだので備忘録がてらまとめてみました。最近私の話を聞いた人はこの本に相当影響受けてるなというのがバレると思いますが(笑)本当に自分の考え方からごっそり整理され、腑に落ちたり、AHAモーメントの連続の良い本でしたので、もしこの記事を読んで興味を持っていただきましたら読んでみてくださいね。

それでは!
(次はもうちょっと間をあけずに書きたいな、な)
KTより

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